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共謀罪法(改正組織的犯罪処罰法)による社会の変貌

 

猪瀬 俊雄

1 安倍政権は、2017年6月15日、まともに国会の審議に応じることなく、参議院の委員会採決を省き、中間報告

 という特に緊急を要する場合にのみ認められる手段を弄してまで強行採決し、共謀罪法を成立させ、準備も整

 わないまま施行しました。

  この法律は、これまで犯罪でなかった多数の行為を犯罪とし、国民に懲役刑や禁固刑を科す人間の最も大事

 な自由を制約するものですから、犯罪とすべき必要性については勿論、必要最小限の処罰に留めるようによく

 よく慎重に審議すべき重大な問題です。

  共謀罪は、実際に犯罪を実行しなくともその計画の段階で犯罪とするものです。犯罪の計画といっても夢

 想、空想ではなく、現実的なものでなければならない非常に微妙な領域の問題です。このような犯罪を捉え、

 立証し、判断する手続も相当な困難が予想されます。特に犯罪捜査の着手を誤ると、取り返しのつかない人権

 侵害を引き起こす非常に危険な法制度です。

 

2  安倍首相は、この法案を「成立させなければテロ対策で各国と連携する国際組織犯罪防止条約が締結でき

 ず、2020年東京五輪・パラリンピックが開催できない」と必要性を強調し、2017年2月21日、閣議決定し、国

 会に提出しました。テロの心配の余りなかった日本にテロを呼び寄せる戦争法をつくりながらです。

  しかも、この法案は、自公民政権が2003年、2004年、2005年の3度国会に提出しながら、いずれも廃案にせ

 ざるを得なかった執念の法案の焼き直しで、オリンピック用に急に必要になったものではありません。安倍首

 相の上記必要性の説明は、いく重にも話をすり替え、本当の意図を隠したまやかしの理由を寄せ集めたとしか

 いいようのない私達国民にとっても、国連等国際社会にとっても余りに基本的人権を蔑ろにする見逃せない立

 法です。

  第一に、国際組織犯罪防止条約は、マフィア発祥の地であるシチリアの州都パレルモの名を冠して呼ばれる

 ようにマフィア等の国際組織犯罪への対策を目的とし、組織的な経済犯罪への対処を主目標とする国連条約

 で、テロ対策とは無関係です。テロ対策の一連の条約や国連決議は、マフィア対策とは別個の体系をなし、五

 つの国連条約及び八つの多国間国際条約から成り立っています。日本は、これら十三の主要国際条約及び議定

 書について、すべて国内法整備を済ませて締結ずみです。また、2001年の同時多発テロを受けて、国連安保理

 は、加盟国にテロ対策としての包括的な措置の実施を義務づける重要な決議一三七三を採択し、国連テロ対策

 委員会を設置しています。そして、日本はこの条約や決議にしたがい、テロ対策の国内法整備もその都度すま

 せていて、国際的テロ対策制度で不足するものはありません。

  第二に、上記条約を共謀罪立法の口実にした手口はまやかしそのものです。同条約が取締対象とする「組織

 的犯罪集団」は金銭的な利益を得る目的で重大な犯罪を行うために一体として行動する三人以上の者からなる

 組織された集団で、一定の期間存在するものと定義された明らかにマフィア的犯罪集団を指し、政治的目標を

 達成するために暴力をともなう戦術を行使するテロとは異なります。また、テロは集団で実行するとは限ら

 ず、立法の対象を集団に限定したのもこの条約を口実に利用する都合からと思われます。取締の対象がテロで

 あることも疑わしい法の構成です。さらに、この国連条約は、加入各国が協同してマフィア等の金銭利益を目

 的とする重罪犯罪を防止するためには、加入各国がその犯罪の共謀罪か 犯罪組織の目的あるいは犯罪の意図を

 知りながら参加する罪(参加罪)のいずれかを処罰できるように法整備する必要があるとしている点を利用し

 ようとしたものであることは明らかです。条約締結国187ヶ国のうち、日本以外に共謀罪立法を選んだ国は、

 共謀罪濫用の危険が特に乏しいノルウエーとブルガリアの二ヶ国だけで、ほとんどは参加罪立法を選んでいま

 す。殊に日本の刑事法制では共謀罪はごく例外的なものとされており、共謀者の一人でも実行行為をすれば、

 共謀者全員が正犯としての責任を負うというのが判例理論ですから、新たな犯罪を設けなくとも賄える参加罪

 を選らぶのが当然と思われるのに、殊更に問題の共謀罪を選んでいること、共謀罪を選ぶにしても、必要最少

 限の犯罪に留めるべきものを、安倍内閣は、ろくにそのような検討もせず、法案提出当初の共謀罪は676に

 も及び、これは、日本のすべての刑罰法規から法規の目的、犯罪の性質、内容と無関係に、法定刑の長期が懲

 役、禁固4年以上の罪に当たる犯罪をことごとく拾い上げて、それらの犯罪すべてについて、共謀罪として立

 法しようとしたものです。例えば、著作権法・意匠権法・実用新案権法の違反等マフィアやテロ対策と全く関

 係のない犯罪が多数含まれている一方、横領罪、背任罪は共謀罪の犯罪としているが、より重い業務上横領罪

 や会社法上の特別背任罪は対象外とし、国や地方公共団体の活動に違法な影響力を及ぼそうとする行為阻止も

 目的であるのに、警察官等による特別公務員職権乱用罪や特別公務員暴行陵虐罪も対象外です。政治資金規正

 法や政党助成法違反の罪も対象外です。さらに、株式会社の役員による収賄罪(商業収賄罪)、その他、金融

 商品取引法、商品先物取引法、信託投資・投資法人法…労働安全衛生法、貸金業法、…一般社団・財団法人法に

 おける収賄罪はことごとく適用除外とされています。一般的な所得税法・法人税法に違反する脱税の罪は対象犯

 罪に含まれますが、たばこ税法・石油石炭税法・石油ガス税法・航空機燃料税法・揮発油税法の違反など、組織

 的にしか行えないような類型が除かれています。そして、相続税法違反の罪、独占禁止法違反の罪も除外され

 ています。髙山佳奈子京都大法科大学院刑法教授は、この事実を指して「利益を受けるのはいつも同じグルー

 プの人たちのようです」と評しています。そして、多くの専門家は、新たな共謀罪は全く必要ないかあったと

 しても1,2に限られると指摘しています。加えて、安倍首相の共謀罪法案を提出したのは、国連条約に加盟

 するためには、共謀罪の立法が必要だからとの主張そのものが偽りであることは、他にいくつも理由がありま

 す。

 

  ⅰ) 同条約は、規定上の義務としている必要な立法上ないし行政上の措置の履行を無理に求めてはいませ

     ん。各自の国内法の基本原則に従った限度でと定めています(第34条)。日本では、憲法が国際条約よ

     り上位の効力を持ち、憲法に違反するような内容の国際条約には参加できませんし、国際条約に対応して

             法律を作る場合にも、憲法に適合する内容にしなければなりません。上記共謀罪(テロ等準備罪)の立

             法が、果たして日本の法律(憲法、刑法)の基本原則に従っているといえるのか検討します。①日本の

             刑法は、刑罰の対象を外部から客観的に認識できるような(外部に現れる)「行為」のみに限り、心の

             中で考えただけの場合は、刑罰を科さないものとしています。これは、憲法19条により思想・信条の自由

             を基本的人権として絶対的に保障しているからです。共謀とは、二人以上の犯罪を行うという意思の合

             致です。しかも、この合意は、黙示の共謀でも成立しうるし、計画する犯罪が確実に実現するだろうと

             の見込みを以てなされたことは必要なく、犯罪が実現しても構わない(いわゆる確定的故意ではなく、

     未必の故意でもよい)との意思で足ります。合意の内容が人の内心にのみ存在するものである以上、内心

            そのものを処罰の対象とするものであり、憲法19条の思想・良心の自由に真っ向から抵触するからです。

            この考え方は、人の自由・権利を刑罰を持って制約するのは必要最小限でなければならないという近代法

            の基本原理です。また、これは、マグナカルタに遡る憲法三一条の「適正手続の保障」の一内容だといえ

            るでしょう。②国連がこの条約を締結しようとする各国向けに作成した「立法ガイド」には、共謀罪の法

            律、犯罪的結社の法律のいずれのオプションの制度をも持たない国が、共謀罪及び結社罪のいずれも導入

           することなしに、組織的犯罪集団にとって有効な措置を講ずることを認める余地がある。」と記載されて

           おり、「立法ガイド」の執筆者のニコス・バッサス教授も2017年5月16日の報道ステーション等におい

           て、「日本は、主要なテロ対策条約を批准し、法整備も完了し、テロなどの犯罪に対して、現在の法体系

           で対応できないものは見当たらない。」と解説し、「どの政府も、国際条約を口実にして国内で優先した

           い犯罪対策の実現を図ることは可能だが、法の支配に則った公正なものでなくてはならない。新たな法案

           などの導入を正当化するために条約を利用してはならない。」と警告しています。新たな共謀罪立法の必

           要がなかったことは明らかです。

  ⅱ) さらに、一般に国連の条約について、各国が行う批准の適否を国連が審査することはなく、各国が一方的

       に批准の意思表示をすれば足り、本条約につき、アメリカは、州の刑法の一部が一般的な共謀罪処罰の制度

       を持っていないという理由で、この規定部分に「留保」を付した上で、条約に参加していますし、日本も人

       種差別撤廃条約につき、処罰立法措置をとることを義務づけている部分を留保して条約を批准しています。

  安倍首相の国連国際組織犯罪防止条約批准には共謀罪立法の必要がないことを熟知しながら、平気で偽りの

  理由を口にし、まやかしの口実により国民の基本的人権に対する深刻な侵害の懸念がある立法を強行した政

  治手法は極めて悪質です。

3  共謀罪の人権侵害の危険性

  ◆ 共謀罪の成立により、警察の取締権限の範囲は大幅に拡大しました。内心のみで犯罪は成立しますが、何も

       危険なものや手段が登場していない事前の計画段階で、共謀罪を摘発するには、ⅰ)犯罪計画を立てそうと

       判断した人物を監視すること、またはⅱ)十分な証拠がなくとも摘発してしまう方法しかないといわれてい

       ます。そうすると、共謀罪法による犯罪捜査の活用とは、捜査機関による電話、インターネット、会話等あ

       らゆるものの盗聴捜査であり、その対象も上記のとおり共謀罪の範囲を立法の目的により絞る努力をするど

       ころかマフィアもテロも無関係なものにまでできる限り広い範囲を取り込もうとした意図を秘めたものであ

       るから、あらゆる個人情報も含めて捜査機関に監視され、捜査され、誰にとっても突然に身柄拘束の問題が

       降り懸かる可能性を否定できず、危険な権力国家の到来が予想されます。それはとりもなおさず、日本の忖

       度社会から萎縮社会への変化が迫っているということでしょう。これは単なる予測ではなく、2016年に通信

      傍受法が改定され、捜査機関による盗聴捜査の範囲が拡大していること、犯罪認知件数が以前の半数以下に

      激減しているのに、警察職員を2万人も増員していること、最近とみに露骨になってきた安倍首相、各閣

      僚、その代理の官僚らまでの威圧的な木で鼻をくくった議会答弁の態度に彼らが既に状況を先取りしている

      ように見えます。その例示といえる事例が生じました。国連人権理事会の特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏

     は、2017年5月、「本法案は、国内法を『国境を越えた組織犯罪に関する国連条約』に適合させ、テロとの戦

     いに取り組む国際社会と協力することを目的とするといいながら、組織犯罪やテロとは全く関係がないように

     見える犯罪についてまで広汎な共謀罪を定め、犯罪の要件である『組織的犯罪集団』の定義をテロ組織には限

     定されない漠然とした『組織的犯罪集団』とし、共謀を『計画』と言い換えるとともに単なる計画だけではな

     く、それに沿った行動である『準備行為』に出たことをも要件としていると強調していますが、ここにいう

   『準備行為』とは計画のための資金や物品の手配、関係場所の下見その他という実に曖昧な内容のものであ

     り、犯罪の範囲を明確に画す役に立つものでない」と正確に指摘した上。監視の強化は、プライバシーの権利

     その他に深刻な影響を及ぼすことを懸念し、日本政府に対し、「適切なプライバシー保護策、具体的条文の検

     討、令状主義の強化、捜査当局や安全保障期間、諜報機関の活動についての監督等に関する適切、妥当な勧

     告、提案をし、日本も批准している自由権規約により負担している義務を想起すること」を求めました。これ

     に対する菅官房長官の政府を代表する対応は、提案を一顧だにしないただ怒りを露わにした態度表明でした。

     加えて、安倍首相の国連事務総長に対するこの勧告、提案に抗議する言動です。ジョセフ・ケナタッチ氏は、

     菅長官の抗議に「これだけ拙速に深刻な欠陥のある法案を押し通すことを正当化することは絶対にできませ

     ん。…日本政府が,その抗議において、繰り返した前記国連条約を批准するためにこの法案が必要だという主

     張は、プライバシーの権利に対する十分な保護もないこの法案を成立させることを何等正当化するものではあ

     りません。」と厳しく反論しています。同じく国連人権理事会により「意見及び表現の自由」に関する特別報

     告者に任命されたデービット・ケイ氏も2017年4月1日、調査に基づき、報道の独立性を確保する観点から、

     日本政府に対し、「政府・与党による報道関係者への圧力に懸念を示し、秘密保護法の改正、放送法の廃止を

     勧告し、沖縄での抗議活動への圧力、教科書問題でも学校教材の内容に対する政府の影響への懸念等をまとめ

     た暫定調査結果」を公表しています。これらの報告書は、いずれも国連人権理事会及び国連総会に提出され、

     審議されるものです。国際社会が日本の現状に深い危惧を抱いていることが分かります。

  ◆  安倍内閣の特定秘密保護法に始まり共謀罪法に至るまでの非常識なまでの欠陥の多い粗雑な立法に執念を

      燃やした政治による日本の議会制民主主義の滅亡が危惧されています。それでも国民主権も議会制民主主義

      も忘れ去ったように平静な日本の社会はむしろ不気味です。

4  最後に

   日本は、国民主権、議会制民主主義、法治主義まで実質的に失いかけています。秘密保護法、放送法を振りかざし、広告料を盾に取った報道の規制、都合の悪い事実の隠蔽、全く恣意的な公文書の取り扱い、国民の生命、財産に対する配慮を忘れた原発の再開、国民に代わって行政を監督する立場の議会に対する政府、官僚らの日を追って募る無礼で威圧的態度、背任の疑い濃厚な森友学園、加計学園問題等を考えると、安倍政権とその仲間のグループの国家権力、公共財産の私物化が行き着くところまで行き着いたようです。原発による破綻、戦争やテロの惨禍の現実も肌で感じるようになってきました。そして国の財政破綻は免れそうにありません。この辛い現実に陥る前に気づき、せめて少しでも立ち直るための取り組みが始められればと願っています。


2017年3月26日

勉強会を振り返って

 

 猪瀬俊雄

 準備期間を含め2年余にわたり重ねてきた憲法改正問題、安保条約と行政協定(日米地位協定)の憲法秩序にかかわる問題並びに安倍政権の経済政策(アベノミクス)について、話し合い形式で学んできました。一応の区切りに達した機会を捉えて、いくつかの大事な問題について簡単な総括を試みてみました。より詳細な内容に関心を持たれる方は、社会委員会委員長のHさんの手元にこれまでの資料が整っていますので、是非声をかけてください。

 

1 憲法は、国と社会のありようを決める法の中の法といわれています。その歴史は古く、旧約聖書に辿り着く遙か以前からの人間の永いながい歴史の経験の中から人間性についての導きの光として捉え、洗練し確信を深めてきたものであることは確かだと思います。このことは、近代憲法の基本的人権のリストやその他の原理がほぼ同一に帰一していること、日本国憲法前文にも国民主権等について、「これは人類普遍の原理であり、」との宣言に抵抗感を覚えないことからも見て取れます。人類の歴史上果たしてきたユダヤ教及びキリスト教の影響力を考えると、キリストのメッセージが主要な指導理念として機能してきたことは疑いないと思います。ミサにおけるキリストの中心的メッセージは「私の平和をあなた方に与える。」「行きましょう主の平和のうちに」と教会の外に生活の場に派遣されることです。理念的に最も進んだ日本国憲法が平和憲法と称されるのも当然といえます。しかし、今や人間を尊重し、生きる権利を認め、生活する集いとりわけ地域との密接な関係を認め、これらの自主性を尊重する姿勢が次々に我が国社会から失われようとしています。

 

2 安倍自公民政権は、政権発足最初の特定秘密保護法に始まり、最近の共謀罪法案に至るまで戦争を「積極的平和」、戦争法案を「平和安全保障法制」、戦闘行為を「衝突」、武器輸出禁止三原則を「防衛装備移転三原則」、カジノ推進を「経済成長の起爆剤」、原発を「安価なベース電源」、共謀罪法案を「テロ等準備罪」と称する虚偽の説明に終始し、南スーダンへ派遣した自衛隊の現地が武力紛争状態である事実の報告書を隠し、TPP交渉経過メモを黒塗りして国会に提出するなど、国民にも議会にもまともに法案の内容を説明したことも、国会での質疑に誠実に答弁したこともなく、鉄面皮にもかつて一度たりとも考えたことがないと言いながら強行採決を繰り返してきました。また、行動に出ていない言葉、文字での表現、即ち内心の意思だけで犯罪とする数百もの「共謀罪」の成立を強行しようとしています。これはテロ集団との関係等の要件が加えられるとしても、捜査機関による身柄拘束の段階では、捜査機関の言いがかりを容易にはね除けることができない危険があり、治安維持法の二の舞です。成立の暁には、家族、友人、その他の知り合いすべてに対して互いに疑いを以て警戒し合う恐ろしい社会になりそうです。安倍政権の狙いどおり、反対派をことごとく取り締まる警察国家の再来を予想させます。特定秘密保護法も主権者に対し大事な問題が生ずる都度、機を逃さずに報道されることが民主主義の基礎といわれ、そのため、事前検閲を禁止している憲法の趣旨に背き、行政が秘匿したい事実を秘密に指定して、その取材を刑罰で威嚇することにより、報道の自由を有名無実化してしまいました。国民主権に背を向け、議会制民主主義を無視し、法律どころか憲法まで露骨に無視する法治主義、立憲主義に違反する驚くべき政権運営です。

 

3 安倍政権の経済政策として宣伝されたアベノミクス(安倍+エコノミクスの造語)は、「富めるものが富めば、貧しい者にも自然に富がしたたり落ちてくる」という「トリクルダウン理論」に基づくものであることは紛れもない事実です。安倍首相もさすがに「トリクルダウン」という表現には抵抗があるようでそう言ったことはないと強調しています。しかし、インフレ、円安に誘導することにより輸出大企業の利益を膨らませ、消費税を増税しながら法人税を大幅減税し、労働者保護の労働規制を緩和し、円安による輸入品価格の上昇、年金の減額、健康保険給付内容を引き下げるなどして庶民の負担を強化する政策は、経済(経世済民)に値しないものです。教皇フランシスコも、著書「福音の喜び」において、この理論は、未だ全く立証されていないもので、富がしたたり落ちる結果が生み出されるまでの間、排除された人々はただ待ち続けるのです。人口の大部分が、仕事もなく、出口も見えない状態で、排除され、隅に追いやられるのです。排除されるとは、廃棄物、「余分なもの」とされることなのですと実に的確に指摘しておられます。アベノミクスが全く成果が上がってないにもかかわらず評論家らから評価を受けてきた理由が理解できません。

 

4 安倍政権は、発足当初の原発縮小の約束をひるがえし、世界の動きに逆行し、国民多数の反対を押し切って原発を「ベース電源」、すなわち、基本的発電とする方針を定め、原発の再稼働、稼働期間の延長、新設の方針に踏み切りました。

  今なお福島原発事故の正確な実態は不明ですが、事故当時の総理大臣菅直人は、原子力委員長近藤俊介の報告に基づき、最悪の場合、東京を含む250キロ圏内の人が避難することになり、日本の人口の40%に当たる5000万人が家を棄て、職場や学校を離れ、入院患者らが病院を出なければならない大変な事態であったが、燃料プールに水が奇跡的に残っていたことなどの「神のご加護」によって、放射性物質の拡散は最小限度にとどめられたと驚くべきことを書いています(終わりなき危機~世界の科学者による福島原発事故研究報告書27頁)。しかし、実態はさらに深刻です。当時の法規制によれば、土壌が一平方メートルあたり4万ベクレル以上放射性物質で汚染された場所は、専門家が仕事上立ち入ることが許されるだけの限定された範囲である放射線管理区域に指定されなければならない定めでした。その面積は一万四〇〇〇平方キロに及び余りに広大な避難区域になるため、原発の周囲一〇〇〇平方キロ内の人10万人余についてだけ避難命令を出し、他はそのまま見捨てて放置しました。これは、政府が福島県民向けの被曝許容量を年間一ミリシーベルトから二〇ミリシーベルトに引き上げた結果です。ちなみにチェルノブイリでは、五ミリシーベルト以上は避難区域です。ここでも国民の健康、将来への配慮を欠く形式だけの政策を露呈しています。(上記著書343558、頁)。

  原発の後始末については、チェルノブイリ原発の処理では、石棺で覆った以外に有効な手立てはなく、朽廃してきた石棺を覆う巨大ドーム建設に頼るだけの状態であり、解決の見込みは全くありません。ドイツで唯一廃炉に着手した原発も放射性廃棄物を保管した地中700メートルまで掘り下げた岩塩坑跡に地下水の出水があり、立ち往生している状態です(NHKのBS番組チェルノブイリ~消せない負の遺産)。福島原発においても、放射性物質による汚染を人の手で処理できたものは何一つなく、広く国土の土壌、地下水を汚染し、いずれ排出されるほぼ全量が空気中、海水に漏出することは明らかです。安倍首相の言葉とは正反対に全くコントロールできていない、処理不能な問題です。まるで風の谷ナルシカの世界です。この政策の維持は、人類の生存の問題であることをはっきり認識すべき時でしょう。

 

5 以上の問題は、一見、理念に欠ける安倍自公民政権特有の問題のようですが、より重大な問題があります。戦後の保守政権の基盤に根ざし,一貫して推し進められてきた憲法と矛盾する政治的思惑による安保条約関係立法、運用です。主権者の問題であり、主権とは何かという問題とつながります。

 

 (1) 日本国憲法は、1946113日成立し、主権者であった天皇は主権者である国民の総意に基づき日本国

    と日本国民の象徴となりました。天皇の権能は、憲法の定める法律等を公布すること、国会を召集すること等

     十項目の国事行為のみを内閣の助言と承認により行い、国政についての権能を有しないと定められています。

     ところが、憲法成立後も元号制が維持され、天皇の個人的都合や希望により憲法の定めと異なる退位、摂政制

         の運用並びに新たな元号についての論議がかまびすしくなっています。しかし、象徴天皇の地位は、日本国憲

         法により創設された地位であり、退位した天皇の地位をどうするかなどを検討するためには、天皇の統治、御代

         を示すための制度である元号制も含め、これまで怠ってきた新旧憲法における主権者の交代につながった天皇

         制の本質的変質について、我が国社会に巣くう奇妙な天皇制に触れる禁忌を打ち破って、本格的検討をすべ

         き事態だと思います。

 (2) 天皇の地位と権能につき、もう一つ看過できない出来事があります。

      憲法公布の翌年1947919日、昭和天皇は、宮内庁御用掛寺崎英成に命じてマッカーサー元帥の代理人    兼米国駐日政治顧問及び連合国軍司令部外交局長ウイリアムジョセフシーボルトと会見させ、天皇の意向と

          して「米国による琉球諸島の軍事占領を望む。長期租借の形を借りて。」と伝えさせました。「沖縄の軍事施設

         は、単なる基地ではなく、あらゆる任務の最重要拠点になる。」と認識していたマッカーサー元帥に日本国民は

         沖縄の軍事占領継続に反対しない、それは琉球人を本来の日本人とは思っていないからだとの確信を抱かせ、

         沖縄の日本復帰を27年間遅らせ、その後現在に至るまで沖縄が基地の桎梏に苦しみ続ける重要な要因になり

         ました。天皇の主権者意識が根強く残っていたことが推測されます。

        なお、シーボルトのマッカーサー元帥に対する報告書の写しを添付した米国務長官に対する報告書がアメリカ

          の公文書館に保管されていますし、宮内庁が編纂した昭和天皇実録にも対応する寺崎英成御用掛日記、侍従

         日記等6編が採録されています。

 (3) サンフランシスコ講和条約は、「すべての占領軍はいかなる理由があっても条約発効後90日以内に日本国か

    ら撤退する。但し、連合国の一,二と日本国との間に締結された協定による軍隊の駐屯駐留を妨げない」と定め

    ていました。そこで、アメリカは、同条約締結後場所を米軍下士官クラブ移動して密やかに「米軍を日本国内及

    びその付近に配備する権利がある。」との安保条約の調印をしました。講和条約全権大使6名のうち吉田茂を除

    く5名は条約締結の事実すら知らされていなかったことから調印を拒否しています。この条約は、1960年に改定

    されましたが、国論を二分する二年余にわたる大論争があり、反対請願1275万人余、デモ参加者警察側発表で

    も428万人以上、条約に調印した岸信介首相は辞任するという大騒動になりました。

     政府は、安保条約の存在が日本の安全を保障していると主張していますが、真実でしょうか。安保条約は、

    日本が武力攻撃を受ける事態が発生したとしても、当然にアメリカが日本防衛に当たるべき義務を定めているも

        のではなく、「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」と   されているだけです。安倍内閣が政策が手詰まりになる都度ことさらに煽る尖閣諸島の危機についても、これまで

        のオバマ・トランプ両大統領の言動、戦争に伴う膨大な財政負担、人的被害を嫌い戦闘に消極的なアメリカの世

        論を考えると、アメリカ政府が世論の動向も見極めて議会から開戦の承諾を得て参戦に踏み切るのは余程の場

        合に限られると思われます。

      日本がアメリカに基地使用を認めた目的は、日本国の安全に寄与することと並んで「極東における国際の平和

        及び安全の維持に寄与するため」です。しかし、日本に直接関係ない米軍の行動により戦争に巻き込まれる虞が

        あります。それを避ける制度として事前協議制度を定めましたが、一度も履行されたことがありません。米軍基地

        の使用並びに日本国における米軍隊地位は、安保条約により行政協定によるとされています。行政協定(後に日

        米地位協定に改定)は、政府の固有の権利(行政権)に属する事項についての外国との合意ですから、三権分

        立の原則により、立法権、司法権を侵すことができないにもかかわらず、戦後の保守政権は一貫して行政協定の

        解釈と称して法律どころか憲法にまで抵触するアメリカの意向にしたがった憲法と矛盾する行政を推し進めてきま

        した。この問題に取り組み「日米地位協定入門」を著された前泊博盛教授は、上記著書の題名の前に「本当は憲

        法より大切な」と皮肉を込めて記しておられます。

 

6 日米地位協定の問題に取り組んだ結果、日本は、アメリカの属国よりも植民地に近いのではないかとの思いを強めました。勉強会で安保条約につき話し合っていた際、参加されていた国際政治の専門家である武者小路公秀先生が、フランスでの経験として、安保条約を踏まえた日本の地位につき、研究者達が属国と見るべきか植民地と見るべきかが論じられていたと話されていたことに思い至っています。問題とすべき事項は山のようにあり、公表を拒み隠している大量の秘密事項もあります。しかし、中心的問題は、基地は日本の領土か、日本は独立国かの二つです。

 

 (1) 日米地位協定三条1項は、基地の運営、管理権を米軍に認めています。行政実務は、この規定を根拠にして

    米軍は我が国内の法令が全面的に適用されない地位を有するとして事実上の治外法権を認めています。二

    つの理由を挙げています。基地は租借地とは違い本来は全面的に国内法令の適用を受けるべきだが、適用を

    受けるとなると、その規制を受けて軍隊としての機能を十全に維持できなくなること、もう一つは、国際法上、国内

    法令の適用がないとするものです。第1の理由は、実に奇妙な理屈で、詭弁そのものですし、国際法上の原則と

    いうのも誤りです。こんなこじつけまでして、国家主権を放棄するような姿勢はどこからくるのでしょうか。不可解で

    す。

 (2)  米軍人、軍属、その家族らは、外国人登録法や出入国管理法の適用を受けず、自由に入出国できるのが実

    務の実体です(地位協定五条、九条)。日本国はこれらの外国人を全く管理できません。このような取り決めは、

    本来、法律によってなされるべきもので、政府が独断でできることではありません。

 (3) 米軍は、基地につき一切の排他的管理権を持ち、日本国や地元自治体による危険物の検査のための立ち入

    りを拒否しているだけではなく、その返還の際の原状回復義務も補償義務も有しない貸借地というよりも実質占

    領地の扱いです。

 (4) 一都八県に及ぶ首都圏上空の管制圏は未だに米軍の横田基地が握っており(横田ラプコン)、首根っこを抑

    えられている状態であるし、沖縄の中心部の空域の管制圏(嘉手納ラプコン)は日本側に移管されたが、優先権

    は依然米軍にあり、いずれにせよ民間機は、米軍の使用する高度、コースを避けた危険性の高い低空度、余分

    な燃料を要する飛行をせざるを得ないのが現状です。

 (5) 地位協定一七条は、公務執行中の米軍人、軍属に対する第一次的刑事裁判権は米軍当局にあると定めてお

    り、加えて日本国が裁判権を行使する米軍人、軍属の身柄拘束についても制限規定があるため、取り調べも十

    分できず、米軍が裁判権を有する事件の審理内容及び有罪の場合の執行についても疑問が多い状況で、刑罰

    による犯罪防止の効果も不十分なままです。

 (6) 最後に、安保条約、日米地位協定の問題点を具体的に理解するために、アメリカが世界に展開する米軍基

   地をめぐる各国の取扱いの違いに見られる対米思想を比較してみようと思います。

 

    ① 日本の旧同盟国として降伏したイタリアの米軍基地をめぐる関係は日本とほぼ同じスタートであったといわ

     れています。しかし、現状は次のとおり大きく相違しています。すべての米軍基地は、イタリアの軍司令官の管

     理下に置かれています。イタリア軍は毎日米軍から飛行計画を提出させ審査しているし、訓練飛行にもイタリア

     の国内法を適用し、昼寝の時間帯には飛行させない等米軍機の飛行回数やルートを制限しています。基地内

     の環境保全についても、市が米軍基地内の立ち入り調査も行っている。過去には米軍の土壌汚染への対応を

     指示し、実際に汚染を除去させた事例もあります(アヴィーラ市)。これらの費用はアメリカ側の負担となってい

     ます。「イタリア国内には多数の米軍基地がありますが、主権を譲り渡してはいません。基地の管理権はイタリア

     にあります。アメリカが所有している土地は大使館の中だけです」(ディー二元首相)。基地から河川へ汚染物

     質が流入した際に、立ち入り検査もできなかった沖縄とは大違いです。

       基地の外でもイタリア政府は米軍の行動に責任を持って対応しています。カバレーゼでの低空飛行訓練の

     米軍機が、スキー客を乗せたゴンドラのケーブルを切り、20人全員が犠牲になった事件では、事故直後の取り

           決めにより、周辺での低空飛行が行われなくなり、イタリア当局が米軍の事故機を検証し、アメリカに迫って低

           空飛行訓練を禁止しました。沖縄国際大学での米軍機墜落事件やオスプレイ墜落事件との違いは明らかで

     す。

     同じく旧同盟国であったドイツはどうでしょう。第二次大戦後、分割統治されてきたドイツは、米軍をはじめ外

     国軍隊が駐留し、国民は不平等な地位協定に苦しんできました。ドイツ政府も主権国家として土地を強制的に

     奪うことができる時代は終わり、対等なパートナーとして扱うようにアメリカに強く迫り、既得権益を手放さない米

     軍と粘り強く交渉し、1993年、地位協定の大幅な改訂を成し遂げました。 ドイツラムシュタイン空軍基地は、

     ヨーロッパ最大の輸送拠点で、中東での作戦に重要な役割を果たす米軍9000人が駐留する基地です。しか

     し、ドイツでも米軍機にドイツの国内法を適用して飛行制限をし、環境保全の責任として米軍に原状回復の義

     務を負わせています。また、必要とあらば、基地内での警察権行使がドイツ側に認められるように改訂されてい

     ます。米軍に対して航空機の墜落事故や走行車両による交通事故に備えて、保険の加入を義務づけてもいま

     す。

     ③ 韓国においても米軍がどれだけの兵力をどこにおいているかは常に把握できるようにしています。環境保全

           に関して、韓国側に監視権があり、浄化義務はアメリカが負っています。

      イラクの場合も、米軍がイラク周辺への米軍の越境攻撃禁止条項を追加しており、米兵、軍属、米軍と一体に

           なって治安維持などに当たる民事軍事会社の社員(実態は米兵)が犯した犯罪は、米兵と軍属は公務外に限

           り、イラクが裁判権を有するとされ、軍事会社社員はイラクが裁判権を有しています。米軍に大量破壊兵器の使

          用及び貯蔵は許されず、アメリカは兵器の貯蔵品種類と数量について重要な情報をイラク政府に提供し、米軍

          に持ち込まれるコンテナーを米軍立ち会いの下、開けることを要請することができます。イラク当局は、米軍基地

          か直接的にイラクに入国し、またはイラクから出国する米軍人と軍属の名簿を点検し、確認する権限を持ってい

          ます。これらはイラク側からの要求に基づき修正されたものです。

   ⑤  ニュージーランドでは1980年代、核を積んでいる米軍艦船については寄港を禁止すると決めました。アメリカ

         は艦船の核兵器搭載については、「肯定も否定もしないというNCND政策」をとっていますが、それでは「港には

         入れない」と日本とは異なる取扱をしています。

 

   以上を並べて見ただけでも、危険性を指摘され続けたオスプレイが墜落してもその安全性を確認もせずに同種訓練の再開を認めるような我が国が属国よりは植民地に近いと言われるのは正しい見方ではないでしょうか。以上の違いを生みだし支えているのは、それぞれの国民であることを忘れてはならないでしょう。

 

7  おわりに

    日本の現状が怪しくなってきていると感じている人が多いと思います。それでも、しばらくは大勢に影響するほどの

     ことはないと考えている人も多いようです。果たしてそうでしょうか。この文は、この二年間社会委員会の勉強会で話

     し合ってきた問題の主要な項目とその背景の整理を試みたものです。強すぎる表現と思われる部分もあるかと思い

     ますが、事実につては吟味する努力をしました。心から心配していることは単なる悪化に止まらない我が国社会の

     破綻、それも幾重にも重なる破綻の危機です。

      原発は人類のみならず生物生存の危機の問題です。スリーマイル、チェルノブイリ、福島各原発事故どころか人

    類初の原子力開発を目指したマンハッタン計画で生成した放射性廃棄物の処理すら文字通り何一つできていない

    事実を直視すれば、原子力利用は明日にでも遅くともそれほど遠くない将来に地球を破綻させる虞があります。

   憲法改正、集団的自衛権行使へと暴走する安倍自公政権の姿勢は、「剣を取る者は皆、剣で滅ぶ」(マタイ26

     52)の教えどおりであり、キリストの平和とは無縁な破綻の道だとしか思えません。正義、秩序、許し、愛のないとこ

    ろに平和はありません。

     安倍政権のトリクルダウン理論を基盤とする経済政策が貧しい者、力のないものをゴミとして捨て去る政策であるこ

    とは既に説明したところですが、累積1000兆円の財政赤字の健全化に取り組もうとしない財政政策は、必ずや国家

    財政の破綻をもたらすでしょうし、五年間で4.5兆円と見積もっている軍備拡張費用の負担増が国民生活に何をもた

    らすのか非常に不安です。実戦開始となれば、どのような非人間的社会に陥るのでしょうか。

    主権者が公務員を選任する制度である選挙権の行使に当たり、誰れが担当しても同じという呪文をずいぶん聞か

    されてきましたが、松浦司教が仰るようによく生きるには正しく選択しながら生きるしかないようです。選挙もその大事

    な一つです。上記の諸問題を回避するためには、早速にも一工夫する必要があると思いますが。