2016年11月6日(日)

年間第32主日C

福音=ルカ20:27-38


「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」(ルカ20:38

 

 古代ユダヤ思想史における復活思想の成立と発展には三段階ある。

1)紀元前3世紀のエノク派が死後の霊魂の運命と終末論についての思弁を展開した。

2)紀元前2世紀のユダヤ教弾圧によって、「復活」思想として結実した。

3)紀元前1世紀のローマ支配がユダヤ人の反民族感情を高め、終末時の裁きと報いの範囲を全人類に拡大させるに至った。

いわゆる「最後の審判」のイメージ-肉体の復活を伴う永遠の刑罰と永遠の生命への人類の二分化-が確立されるのは紀元1世紀である。

 ユダヤ教における復活思想の特徴は、常に終末論と結合しているという点に認められる。それは死への恐怖やこの世の生をより充実させるためといった動機から死後の運命についての思弁が展開された結果ではない。元来、旧約聖書には個々人の死後の運命についての関心は薄い。民の一体性が自覚されている限り、個人の死は問題とならない。民に亀裂が生じた結果、この世の生に不満を抱えたセクト(分派)に終末論的な運命の逆転という希望が生じ、その亀裂がユダヤ教弾圧という形で生まれたのが復活への希望である。それはルサンチマン(怨念)の表現でしかない。それゆえ復活と永遠の生命への希望は常に他者の裁きの希望と対になっている。

 復活思想がローマ時代に一般化されると、このルサンチマンはさらに屈折していく。復活思想が全人類に拡大されたのは、異民族支配という現実に対するユダヤ民族主義的抵抗であったが、同時にまたローマの傀儡と化したユダヤ人指導者の存在は、民の一体性をさらに瓦解させた。それゆえユダヤ人であっても「罪人」とされた者は、もともと「罪人」たる異民族とともに裁かれることになる。このような復活思想を喧伝する者は、対外的には異民族(ローマ)に対するルサンチマンによる自己満足を、対内的には自分を「義人」に位置づける自己満足を得ることになる。

 結局のところ、紀元1世紀のユダヤ教における復活思想とは、人間を「義人」と「罪人」に二分し、自らを「義人」の側に組み込むことで自己義認することを正当化する神学なのである。(参考文献:上村静『宗教の倒錯』岩波書店 2008)