2016年10月9日(日)

年間第28主日C

 

福音=ルカ17:11-19


「その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た」(ルカ17:15

 

 福音書が伝える「病気の治癒奇跡」には通常、次のような三つの要素がある。要素①は病状の描写、要素②は癒しの行為、要素③は治癒の証明である。今日の福音では、①は12-13節、②は14節前半、③は14節後半から19節である。だが、今日の福音には他の治癒奇跡には見られない特徴がある。第一に、癒しをもたらす動作も言葉もない。第二に、身体的回復を表す動作がない。つまり、今日の福音では、奇跡の生起は前提とされるが、物語の狙いは奇跡の報告にはない。狙いは奇跡の後に何がなされるべきかを語ることにある。サマリア人の行動が全面に押し出されている。要素③が素朴な治癒奇跡に比べて拡大されたのはそのためである。

 十人の重い皮膚病患者は、イエスの指示に従った従順さのゆえに身体が癒された。だが、九人のユダヤ人は神の行為に応答することを忘れた。彼らにとって、救いとは体が癒されることにすぎなかったからである。これに対して、一人のサマリア人は癒された患部の向こうに神の姿を見ることができた。「自分がいやされたのを知って」(15節)の「知る」は文字通り訳せば「見る」である。だが、他の九人には患部の向こうが見えなかったのである。福音書が語る治癒奇跡は「不思議な出来事」の報告ではない。奇跡の背後に神ご自身を垣間見させることによって、神への信頼と忠実さを教えようとするものである。